2004年にありがと(ヒト編)

まいどのありがと。ブログ
引きつづきお題は「2004年にありがと」
今回の記事は(ヒト編)への投稿


ありきたりではあるけれど(ヒト編)の大賞受賞は「家族」
これはしばらくずっと変動しないように思う
今年もお世話になりました~(井上順さんの声でよんでください)

新人賞はの「まゆたん」
携帯の写真に時折癒されています
最近かなり男振りを上げてきたとのこと(確かに写真で見ると男の
子以外の何者でもない))
しばらく逢ってないな~(遠い目)
伯父さん忘れられちゃったかも?


そして 2004年の Special Thanks は「中島らも」さん
現在、追悼の意味を込めて著書を「巡読」している最中である

自分が「らも」さんの作品に初めて触れたのは「ぴあ」等に載って
いた「かねてつ食品」(現:カネテツデリカフーズ)の広告だった
と思う
正直、気色悪くてトバシよみしていた

その後『今夜、すべてのバーで』をよんでハマり『中島らもの明
るい悩み相談室』『中島らものたまらん人々』『獏の食べのこし』
『僕に踏まれた町と僕が踏まれた町』らをづづけてよんで更に好き
になった
『今夜、すべてのバーで』と『ガダラの豚』についてはもう幾度と
なく再読している

演劇や音楽の畑での「らも」さんを自分は知らない
けれど小説、随筆でしか「中島らも」を知らないがゆえにより魅了
されているように思う

亡くなった直後は「らもさんらしい最後」的コメントの付した記事
の載った blog が多かったように思う
しかし自分は記事ネタにできなかった
それ程、ショックを受けていたのだと思う
著書にも全く手が伸びない期間が2ヶ月ほどづづいた

復帰はやはり『今夜、すべてのバーで』から
よみ終えて少しだけ「らもさんらしい最後」的コメントを受け入れ
られるような気持ちになった

このサイトの更新も後回しにして貪りよみ完全制覇まであと9冊
中島らも著作一覧に載っているものについて)
今年中の達成は無理そうである

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2004年にありがと : ありがとを言いたい本

まいどのありがと。ブログ
今回のお題は「2004年にありがと(ありがとを言いたい映画/本/音
楽/舞台)」

自分にとってのありがとを言いたい本 O.T.Y.は
『重力ピエロ』伊坂幸太郎 (著)


伊坂幸太郎についてはこのサイトでも「オーデュボンの祈り」と
ハッピーエンドでなきゃイヤ症候群で触れているけれども自分に
どっては今年一番の大収穫的作家である
(といっても彼のデビューは2000年。宝島社「このミステリーが
すごい!」に知らされなければずっとよまずにいただろうと思う)

そして伊坂作品の中でも自分が最も「いいな」と思っているのが
『このミス』〈2004年版〉の3位にランキングされた『重力ピエロ』

半分しか血のつながりがない「私」(泉水)と、弟の「春」。春は
「私」の母親がレイプされたときに身ごもった子である。ある日、出生
前診断などの遺伝子技術を扱う私の勤め先が、何者かに放火される
重力ピエロ : 新潮社 BLOGより一部修正して引用>

この内容紹介を目にしてなんとなく「よんでみようかな」というヒト
ほとんどいないはず
内容としてはそのとおりであるが、よんでみると不思議と爽やかな
感じがする文体で書かれている


All About 「話題の本」のガイド梅村千恵さんはこんなふうに書いて
いる

この作品は、泉水、春という兄弟の物語であり、父、亡き母を含めた
家族の物語である。もっといえば、社会の秩序と人としてのあり方を
対立軸で描いた物語でもある(中略)
また、遺伝子情報、絵画、映画などなど衒学趣味的な知識があち
こちに散りばめられて、楽しみどころも多い
おまけに、この3人の家族、かなりカッコいいし
<一部抜粋して引用>

全くもって同感である(手抜きとかじゃなくて)


基本的に『重力ピエロ』は狭義のミステリーではないし、そう誤解して
よむと欠けているものが多いと感じる作品だと思う
家族小説(あるいはスタイリッシュ・ファミリー小説)と紹介している
書評があるけれど、そちらのほうがピンとくる

春はやはりカッコいい(ある意味異常ではあるが)
でも泉水だって父と弟に対する愛情の深さはカッコ良く思える
だけどイチバンは親父さん(こういう生き方ってもの凄くカッコいい!)


さて前フリはこの辺にして
何故『重力ピエロ』にありがとうなのか?

それは本をよむことの楽しさというかワクワク感をこの本が思い出させ
てくれたからである

今、自分は週に5冊ペース(昨年、同時期の3倍くらい)でよんでいる
むろん自費購入では足りないので歩いて2分くらいのところにある図書
館でもガンガン借りている

その反面ネット巡回の時間は大幅に削られた
ただし「ネコバス通信」の更新頻度はむしろ上がっている(謎である)

そんな生活もなんとなく心地よいというか…

だからキッカケをくれた『重力ピエロ』に感謝している

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「ありがと。BLOGはどうなるのか」へのコメント

「お題が休みでもTBを送ってみる」のような「つぶやき」という
か「雑音」に真摯にレスをいただき、ありがたく思います


>こういう形のブログに意味があるのか(以下省略)

実際、自分にとってはめちゃ意味ありますけどね
(記事のカテゴリーに「ありがと。BLOG」があるのはおそらくウチ
だけだろうな~)

@nifty さんとしてはココログスタッフルームほど存在意義は薄い
のだろうし、アクセス的にもトラックバック野郎とは「天と地」
なのだろうし、その割には手間がかかるし、時々(毎回?)「いつ
ほ(ネコバス通信)」とかいうバカがわけのわからないことを言っ
てくるし(以下省略)

それはともかく
コンセプトが「多くの人を暖かい気持ちにするblog」
それに @nifty さんが挑んでいる
凄く意味あるコトだと自分は思います

試しに「ありがと。BLOG」ちょこっと修正案(by ネコバス通信)」
を考えてみました

☆ テーマのお題(例:「サンキュー100円」「あのコトバにあり
  がと」」)は月に1、2回とする
  テーマによっては
  「My Favorite ~」というタイトルにする(例:「サンキュー
  ひんやりもの」→「My Favorite ひんやりもの」)
  
☆ 単純な「お父さんにありがとう」「先生にありがとう」「先輩
  にありがとう」「災害ボランティアにありがとう」等のお題も
  時折、差し込む

☆ 月の最終週は「今月のありがと」みたいな感じで固定しその月
  の感謝エピソード(?)を投稿してもらう

☆ 職権乱用でココログナビ(トップ?)のお知らせココログに
  新規「お題」の告知を載せる
  
眞鍋かをりのここだけの話とのコラボ企画を実行(お題に投稿
  してもらう)


こんなこと考えているうちに次のお題が出ていました_| ̄|○
そんなわけでリメンバーせねば…

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お題が休みでもTBを送ってみる

まいどのありがと。ブログ
今回はお題が休み


今週のお題は来週にという記事には眞鍋かをりのここだけの話
の話題が書かれている
トラックバック数、確かに凄い!
160 とか普通なわけで(とゆうか「今回少なめみたい」な感じで)
ネコバス通信の生涯獲得トラックバック数(ほとんどありがと。ブ
ログ
さんからいただいている>ありがとうございます)の9倍くら
いのTBが1回の記事についている

実際、眞鍋さんはネタフリが上手い
この人に blog を書かせることを思いついた時点で勝負は決まって
いたような気がする(意味不明)

これはお世辞でもなんでもないのだけど撒き餌的「有名人ブログ」
の設定
において @nifty さんは他 blog サービスを全く寄せ付けて
いないと思う
このカテゴリーの王者「週刊!木村剛 」を筆頭に眞鍋さんとこ
加藤ローサの「Blog de チェキ日記」の御三家はかなり強力とみて
いるのだけれどアクセスはどのくらいなんだろ?

個人的には恥ずかしながら吉井怜さんを「可愛い」と思っていたの
で(幻冬舎刊の手記も拝読していたし)このサイトを開設するのに
ココログのトップページに初アクセスしたとき、すでに彼女が blog
を始めている
のをみて驚いた記憶がある
文体的には自分としてはかなり厳しく(もうすぐ40代だものな~)
毎回は訪問できていないのだけどココログが存在する限りづづけて
いただきたいなと思う次第である


ありがと。ブログのこれからってどうなるのだろう?

@nifty さんの中での位置づけが不明なので「突然、終了してしまう
のではないか」という不安を自分は常に抱いている
「犬も歩けば法にあたる」など更新の止まった元ココログトップ
掲載サイトとかもあるわけだし…)

スタッフの方々のテンションが「俺っちには週刊!木村剛眞鍋か
をりのここだけの話
がある。だからこれ(ありがと。ブログ)はもう
いいや」というところまで下がってしまわないことを願っている


※ 今日、『らもチチ わたしの半生 (中年篇)』という本をよみ始
  めました
  そしたら第1章にある「ゴンチチ・デビュー秘話」に松浦雅也
  さんのお名前がでてきて少しビックリ
  チチ松村さんはまだしも中島らもさんともお知り合いだったと
  は…

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冬の匂いにありがと

まいどのありがと。ブログ
今回のお題は「冬の匂いにありがと」

直球勝負で行く(意味不明)
自分にとっての冬の匂いはずばりカニ

子供の頃はそんなにカニは好きじゃなかった
エビは大好きだったけど、エビフライとか…(笑
だいたい口にできたカニ自体、本来カニと呼べるのか怪しいシロモノ
なわけで…
家で食べる「カニ鍋」とか「(自家製)カニクリームコロッケ」とか
苦手だった
(今でもスーパーのカニは買わない)
唯一、カニチャーハンだけは例外だったけどカニの味なんてわから
なかったし


そんな自分でも社会に出ると上司や先輩に「無類のカニ好き」がい
たりして、就業後など「カニを楽しめる店」にお供するハメになる
当時は、ほとんどオゴリだったな~(遠い目)

美味いですよ、そういうところで食すカニは

地元富山に戻ってからはさらに「美味いカニ」を食べる機会が増え
た(むろん全ておつきあいで)
こちらではカニといえばズワイガニである
山陰では松葉ガニ、福井では越前ガニとよばれているものと同じ
やはり茹でるのがポピュラーな調理法だけど、自分は「焼きガニ」が
好き
刺身もそうだけれど、焼くには鮮度のいいものでないとダメらしく
東京あたりだと食べさせてくれるところはあまりないと思う
(富山にもそう多くはない)

「焼きガニ」の何ともいえない旨そうな匂いを嗅ぐと「冬が来たなー」と
感じますね


※ ここではズワイガニを松葉ガニや越前ガニと同様通称として使用
  しています。例えば同じ甲殻類十脚目短尾下目クモガニ科ズワイ
  ガニ属ズワイガニでも未成熟なものや雌にはそれぞれ水ガニ、香
  箱ガニという通称があり、こちら(富山)では区別されています

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サンキュー勇気をくれた人

まいどのありがと。ブログ
今回のお題は「サンキュー勇気をくれた人」

11日にこのお題の投稿をひとつしたのだけれど書いているときから
「この人は本当に勇気をくれた人に該当するのかな」と不安だった

そもそも「勇気をくれた人」の具体的イメージがつかめない
(サンプルとして田臥勇太選手が挙げられているけれど…)


4日間でのべ1時間くらい考えて

障害(壁とか困難?)にぶつかって立ち止まって躊躇していたり
進もうとしながらも迷っている人が

同じ条件(あるいはさらに悪条件)の他者がその障害をものともせ
ず邁進する姿を見て挑戦精神を取り戻す

というように「希望」及び「踏み出しのキッカケ」を与えてくれた
人がイコール「勇気をくれた人」なのかな?と推測するに至った


そう考えた場合、自分にとっての「勇気をくれた人」は
Jakob Wagner かもしれない

現在の会社に入社してから3年目に「ピクトサイン」7年目に「バ
リアフリー製品」等の企画に携わるようになった(今は、別部署に
異動になってます)
他のスタッフは上司を除き、デザイナー及び図面を引ける人ばかり
デザインを専門的に学んだことのない自分は劣等感にさいなまれる
毎日をおくっていたような気がする
(今、考えてもあの人事は不可解。辞めさせようとしてたのか?)

ある日、とあるインダストリアルデザインの展示会でデンマークの
デザイナーの作品に出会う
当時は無名(現在でも一般のひとには、ほとんど無名かも?)の
そのデザイナーのスタイルが自分はとても気に入った
そして彼がエンジニアから転身しインダストリアルデザインの世界
に身を投じたことを知り、何となく親近感を覚えた(今考えると
意味不明だが)

「彼」が Jakob Wagner である
それ以後、仕事とはあまり関係ないのだけれどバウハウスやポスト
モダンのことを調べたり、独学で簡単な図面ならば引けるように
なったり、少しは意欲が沸いてきた(仕事にも役に立ったのかな?)


※ 今では Pioneer や Georg Jensen のプロダクトも手がけている
  ようですね
  がんばって欲しいです

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あきらめない

まいどのありがと。ブログ
今回のお題は「サンキュー勇気をくれた人」

勇気をくれた人からは少しずれるかもしれないが元バルセロナ五輪
競歩日本代表選手「板倉美紀」さんにありがとうを言いたい

板倉さんのことは 2000年1月にNHKで放送された「私はあきらめ
ない!・若き主役たちの挑戦」や「情熱大陸」で取り上げている
(とはいえ一般的に知名度はそれ程高くはないかもしれない)


※ 下記に参考になりそうな URL を載せておきます

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Theater/6828/akiramenai.html

http://www.kokorozashi.co.jp/kokorobn/kokorozashi22.html


板倉さんはお隣の石川県出身
ローカル局では幾度かドキュメンタリー的な番組は制作されていて
視聴してはいたけれど彼女がこんなにも壮絶な闘いをしていたこと
は「私はあきらめない!・若き主役たちの挑戦」で初めて知った
さすが全国放送!

自分は基本的にすぐあきらめてしまうタイプというかやる前に見切っ
てしまうタイプ
なのだけど、以前よりも少しだけ粘ることができる
ようになった(気がする?)のは板倉さんのおかげかなと思う


※ 最近、土日以外は満足に記事を書ける時間がないです
  推敲なし、熟考なしの投稿ですみません

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「ちょボラ」考

今回のありがと。ブログのお題「ちょボラにありがと」
ちょボラって何だろう?
記事をよんでみて「ああ、なるほど」と思いながらも雑念が頭の中
をくるぐる

まずボランティアとは何だろう?と考えてみる
日本で使われているボランティアの語意は英語の volunteer のもつ
意味とはズレてきている
volunteer の語の原義は志願兵であるから、英語圏では活動自体の
ことではなく自発的に奉仕・労働するのことを指す
ひるがえって日本では「この仕事手伝ってよ~、ボランティアで~」
などと「ロハでやってくれないか?」という意味合いで使うのもアリの
ようで、ものすごく広義な単語になっている


ボランティア JAPAN さんのサイトにあるボランティアの定義
―ボランティアって何?―
をよんでみる
ボランティアの現状 ―もしも日本が100人の村だったら?― もつづ
けてよんでみる
(かなりボランティアの範囲が狭まった)


お題の記事で紹介していただいたみんなでポイ捨てタバコを拾うメル
マガ
さんの活動はプチをつける必要のない立派なボランティアだと
思う
「手軽に難しく考えることなく誰にでもすぐできること」だとアピー
ルするためのコピーとしてプチを使っているのかも


以下に記すことは批判とかクレームとかそういう類のものでは
  毛頭ありません(個人的な憂いです。大目にみてやってくださ
  い))
  誤解なきようお願い致します


今回、下新庄学童クラブさんがちょボラの推奨という投稿をされて
いるのだけど、記事の子供たちの行動を「ちょボラ」と呼ぶのには
(自分としては)抵抗がある
やはり、それは「思いやり」とか「いたわり」のままでいいのでは
ないか?

そういう言葉(思いやり等)を「ちょボラ」という新しい言葉に置き
換えることには賛同できない


※ 10秒でもできるちょっとしたボランティア を「ちょボラ」と命名
  してどんなことができそうか考えるというのはいいと思うの
  です
  
  ただお題としてでてくると投稿する側としては習性として「あり
  がとう」を言う対象を探してしまうというか…
  自分がどんな「ちょボラ」の恩恵を受けたのか思いだそうと
  しても浮かばないんですよね、これが
  (感謝はされにくいけれど誰かのためにはなっている
  「ちょボラ」とはそういうモノなのかもしれません)
  
※ 今回エントリしなかった言い訳は、以上で終わりです

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サンキューほっとするもの

まいどのありがと。ブログ
今回のお題は「サンキューほっとするもの」

すぐに2つ思い浮かんだ


まずは「ハーブティー」
飲み始めたのはやはり嫁さんの影響である
石川県尾口村にある Mint Reino さんで購入したリラックスハーブ
を独自にブレンドして飲んでいる

効きます


もうひとつは「姪の写真」
(この夏ようやく1才になったばかり)
自分たち夫婦は子供が欲しいのになかなか授からないので義妹夫婦
の間に生まれた女の子「まゆたん」(愛称)が可愛くて仕方ない
(最近、会いに行ってないな~)

携帯に入れている画像が仕事のストレスを癒してくれる


今回はこんな感じでしょうか

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あのコトバにありがと:補足

ありがと。ブログあのコトバにありがと:コトバにならないコトバ
という記事がエントリされた

それをよませていただいた上での「あのコトバにありがと(ネコバス
通信)」
の補足をさせていただく


あの記事の大意は

「何も言わない(何もしない)」という谷川俊太郎さんへの回答
よんで「何も言われなくても感謝されている場合がある」ということ
に気づかされた

それによって「誰も感謝してくれない」といじけていた器の小さい
自分の心の靄(もや)が晴れた

だから「何も言わない(何もしない)」というコトバににありがとう
をいいたい
というものである

自分の文章力がお粗末すぎて誤解をまねいてるのかな~
「感謝してれば何も言わなくていい」ということではけしてない


クリ田さんの

>何も言わない」・・・ううーん、後でわかる、っていう『ごんぎ
 つね』みたいなお話ですが・・・しかし「何も言わなければ伝わ
 らない」ってことがあるので、私は「ありがと」って気持ちはな
 るべくコトバに出して伝えたいと個人的には思います。ごんぎつ
 ねを撃ってしまった兵十のつらい気持ちを考えると、「ごめんな
 さい」や「ありがと」はなるべく素直に相手にわかるように伝え
 ておきたいと思います
 
もちろんそのとおりだと思う
「心をこめてありがとうを言う」>「感謝しながらの無言」
それは自分も同意見だ

ただ、例えば大切な誰かに
「コーヒーを入れてくれてありがとう」を素直に言える人でも
「いつも支えてくれてありがとう」「そばにいてくれてありがとう」
とは照れくさくてなかなか言えないんではないかと思う
これは許してあげてもいいのでは?
(というか許してほしいなと。言えない「ありがとう」はその人が喜
ぶことをしてあげるという行為で代用できますよね?)


※ クリ田さんへの反論ではないですよ(誤解しないでくださいね)


「ありがとう」という言葉自体は人工無脳のこうさぎだって綴れる
わけだけどそれは気持ちを伝えているのとは違う

ときどき人工無脳みたいにおざなりに「あ~、ありがと」なんていう
人がいるけれどそんな「ありがとう」を言われてもあまり嬉しくない
(自分としては)

>おざなりに言う「ありがとう」と心から感謝しながらの「無言」を
 比べたら自分は後者の方が好きかもしれない
 
は、そういう思いがついつい出でしまった一文でして…
よみかえしてみると誤解をまねきやすいですね~

削除しようかな(笑

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